「江戸切絵図」の原図と江戸時代の所有者
復刻版「江戸切絵図」の原図


平成6年、国立国会図書館で江戸の町火消に関係する調査をしている中で、旧帝国図書館蔵・冑山(かぶとやま)文庫中の「尾張屋版 江戸切絵図 28図」と出会いました。

前もって閲覧予約を入れて、古典籍資料室のゴム板が敷かれたテーブルで待つと、貴重書扱いになっている江戸切絵図は、紫色の袱紗状の布に包まれて書庫から運ばれてきました。
   
国立国会図書館 冑山文庫中の「江戸切絵図」表紙 
すべての地図が大体タテ16.7㎝、ヨコ9.5㎝に折りたたまれ、薄浅黄色の表紙に絵図名を墨刷りした題箋が貼られていました。

地図を広げた大きさは大小4種類ありました。28図のうち22図が約50×54㎝の正方形に近い型で、これを基本型にして縦長、横長の38×73㎝型3図、74×54㎝型2図、49×90㎝型1図があり、あえて変則の長方形にしてでも、その区域を1枚で仕上げることによる利便性を板元は選択したと思われます。

後で加わる「八町堀細見絵図」の36×66㎝型と合わせて5種類の地図を同じサイズに折りたたむには5通りの折り方が必要になり、手作業では難なく出来たことが、現代の折り製本の段階で悩まされることになります。

地図の台紙は、約50×36㎝の紙を基本にして50×54㎝型は2枚、74×54㎝は4枚、ほかは3枚貼り合わせてありました。

この江戸切絵図28図は、すべてが初板刷で揃えられていました。 尾張屋はよく売れる人気の絵図を何回も重版し、安政4年には21点の絵図をまとめて改正新刻して販売しますが、その重版や改正版が1枚も入っていません。

そのため彫り文字は鋭く、多色刷りも丁寧に仕上げられています。また、尾張屋が板行した最も古い版にもかかわらず、経年による和紙の焼けはあるものの、虫喰い、シミ、破れなどがほとんど無い保存状態の非常に良い地図でした。

これを使っての復刻版は、「江戸人が使った形」にこだわって、同じサイズ、折り方、越前和紙表紙に題箋貼りとし、加えて地図裏面に人名・地名・寺社名索引を付けるほかに、全図の総索引を別冊で作って“江戸全域の検索ができるようにする。仕上がりの形が次第にできていきました。

複刻版制作は
平成7年の写真撮影許可申請から始まり、索引作成を経て、2図ずつの複刻許可申請をしながら、平成16年7月、隔月2図ずつの刊行がスタートしました。

刊行途中で、冑山文庫に入っていなかった下記の4図も、初版刷で揃える事が出来ました。
小石川絵図(嘉永7年)     東京都立中央図書館蔵
京橋南築地絵図(文久元年) 東京都立中央図書館蔵
八町堀細見絵図(文久2年)  東京都公文書館蔵
霊岸嶋八町堀日本橋南絵図(文久3年) 個人蔵

尾張屋版江戸切絵図・全32図の複刻は、隔月2図の刊行約束を守りながら平成19年1月に、2年6ヶ月かけて完結しました。


復刻版「江戸切絵図」の原図の所有者

全32図の刊行が完結して数年後、絵図に押されている印が気になってきました。
改めて調べると、複刻した冑山文庫の江戸切絵図28図には数種の印が押されていました。
28図すべてに根岸信輔氏寄贈」下図②、「帝國・昭・九・六・二七・寄贈」同③、「帝國図書館蔵」同④の3種と、12図に三餘書院」同①の印がが押されていました。(解読不明2種)

この4個の印から、この江戸切絵図28図は、「根岸信輔氏が、昭和9年6月27日に、帝國図書館に寄贈した」ものであり、①の「三餘書院」は、旧所蔵者の蔵書印と思われることがわかりました。

寄贈者の「根岸信輔」は、江戸時代中期以降、武蔵国大里郡冑山村(現埼玉県熊谷市冑山)の名主・根岸家の幕末期の当主・根岸友山であることが文献により確認出来ました。

信輔(友山)の没年は明治23年でしたので、本人の没後45年経った昭和9年帝國図書館に寄贈されたものとなります。

以下は、根岸信輔(友山)の人となりと江戸切絵図との関わりについてわかってきたことです。
 
               
   ①    ②    ③    ④

根岸信輔 (友山) 
文化6年(1809)~明治23年(1890) 
武蔵国大里郡冑山(現埼玉県熊谷市冑山)の豪農・根岸信保の長男として生まれる。
16歳で家督相続し、冑山村名主就任。村政のかたわら近隣村との治水事業に尽力。
寺門静軒、千葉周作などに文武を学び、地元に学問私塾「三餘堂」、武術道場「振武所」を開設。
文久3年(1863)の浪士隊募集に門人多数と入隊して上洛し(54歳頃)、創設期の新選組に加わるが、幹部の粛清などに反意して江戸に戻る。
江戸帰還後も尊皇攘夷の士として活動を続け、「吐血論」を著す(慶応3年)。
明治新政府になって後も、廃藩置県に関する建白書や、関東の治水事業に関する「治水表」を提言している。
明治21年・漢詩集「田園雑興」を出版。
明治23年没(81才)。

江戸切絵図28図が入っていた国会図書館所蔵・冑山文庫は、信輔と弟の武香(たけか、貴族院議員、国学者、考古学者 1839-1902)の蔵書を合わせて、二人が亡くなったのち遺族によって上野帝國図書館に寄贈されたものでした。(寄贈印は昭和9年ですが、国会図書館リサーチナビでは昭和6年寄贈となっています。)

寄贈された書籍の総数は約950点(国会図書館リサーチナビ)、「帝国図書館蔵冑山文庫和漢書目録」には、江戸大絵図や地理書ととも「江戸切絵図」が入っていました。

冑山文庫の「江戸切絵図28図」中の12図にあった「三餘書院」の朱印(上図①)
は、根岸友山(信輔)が創設した学問私塾三餘堂の蔵書印と思われます。

これらの事から、複刻「尾張屋版 江戸切絵図 全32図」中、国立国会図書館蔵・冑山文庫の28図は、幕末~明治の動乱期を生きた根岸信輔(友山)自身の所有か、彼の学問私塾「三餘堂」の蔵書だったことがうかがえ、当初の所有者が推測出来る珍しい江戸切絵図です。

すべてが初版新刻版でそろっていることから、新しい絵図を楽しみに待ち、発売されるたびに購入していた江戸人の姿が浮かんで来ます。

根岸信輔(友山)については、現在も生家が残る埼玉県熊谷市冑山にある“根岸友山・武香顕彰会によって、根岸家の歴史とともに友山関係の資料が保管継承されています。
また、旧根岸家長屋門が埼玉県熊谷市教育委員会によって復元保存され、熊谷市指定文化財になっています。


国会図書館蔵・冑山文庫中の「江戸切絵図」は、現在はデジタルデータ化されており、PCによる検索閲覧が可能です。(検索「江戸切絵図 国会図書館」

参考文献等 :
『根岸友山・武香の軌跡ー幕末維新から明治へ
』 根岸友憲監修 根岸友山・武香顕彰会編 さきたま出版会 2006年
『熊谷市指定文化財「根岸家長屋門」保存修理工事報告書』熊谷市教育委員会 2012
熊谷デジタルミューゼアム、ほか
   
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