複刻 江戸切絵図 全32図 参考資料
尾張屋 江戸切絵図の特色
江戸切絵図の 
尾張屋以前の江戸切絵図
江戸全体を一枚で扱った江戸大絵図に代わって、江戸城下を幾つかの区域に分割し、武家屋敷名、寺社名、地名を記録した区分絵図が江戸切絵図です。

切絵図を最初に板行したのは吉文字屋で、宝暦5年(1755)から安永4年(1775)にかけて、20年間に8図出したところで終わっています。

次に切絵図を出すのは江戸麹町にあった荒物屋の近江屋五平で、吉文字屋版が止まってから70年後の弘化3年(1846)の初出でした。↗
 
近江屋五平の荒物店は、武家屋敷が密集している番町(現在の千代田区麹町の一部)の入口にあたる麹町拾丁目にあり、武家屋敷を訪れる人のために自作した“武家屋敷案内図”が好評だったことから、改めて地図出板者近吾堂の届けを出して、江戸全域の切絵図を製作・販売していきます。(江戸の地図屋さん)

近江屋は、弘化3年(1846)から販売を止める安政3年(1856)迄の10年間に43種(江戸切絵図集成 中央公論社)の切絵図を板行し、その内の14図を計27回重板しています。(江戸図の歴史 別冊・江戸図総覧)


1 近江屋板「江戸切絵図」表紙 個人蔵


2 近江屋板の浅草箕輪吉原近辺
「下谷三ノ輪浅草三谷辺之絵図」部分 嘉永3年 個人蔵
  3 尾張屋板「江戸切絵図」表紙 個人蔵


4 尾張屋板の浅草箕輪吉原近辺
「今戸箕輪浅草絵図」部分 嘉永6年板 個人蔵

尾張屋板の江戸切絵図
麹町六丁目にあった錦絵双紙店・金鱗堂(尾張屋清七)が江戸切絵図を初出するのは、近江屋に3年遅れる嘉永2年(1849)でした。

近江屋が武家屋敷の多い番町絵図、永田町、駿河台小川町、芝愛宕下と大名家が多数ある武家町から出していったのに対し、尾張屋は最初にお城周りの大名小路絵図を出した後、日本橋南日本橋北の町屋(商店街)地区から板行していきます。

尾張屋は嘉永2年(1849)から文久3年(1863)迄の14年間に江戸切絵図を32種板行し、明治3年(1870)迄の21年間にその改正板を106回も出しています。(板行年表参照
 
絵図の仕上がりについて見ると、 近江屋板が薄青、黄、墨に一部薄緑を入れた3~4色刷の淡彩絵地図だったのに対し、尾張屋板は、赤、黄、青、緑、灰、黒など、6色~7色の濃彩色の絵地図でした。(上図2,4)

大名の上屋敷の正門位置に朱刺の家紋を入れ、中屋敷には、下屋敷にはを付けて、上・中・下屋敷の識別が出来るようにしました。(下図5,6)

江戸の人々にとって江戸切絵図は、武家屋敷、神社仏閣、町家等を訪ねる時や、お花見など遊興地への道案内として重宝されただけでなく、地方から来ている勤番侍が国元へ帰郷する際の“江戸土産”となって全国に広がっていったようです。


5 上図 「音羽絵図」嘉永6年の凡例(国会図書館蔵)

6 右図
家紋は上屋敷、■中屋敷、●下屋敷
「京橋南築地絵図」文久元年(個人蔵)
 


参考文献 
江戸切絵図集成  齋藤直哉 朝倉治彦 中央公論社 1981-84
江戸図の歴史 別冊・江戸図総覧 飯田龍二 俵元昭 築地書館 1988
江戸切絵図と東京名所絵 白石つとむ 小学館 1993
嘉永慶応 江戸切絵図 人文社 1995 
江戸切絵図の世界 別冊歴史読本 60号 1998
江戸の地図屋さん 俵元昭 吉川弘文館 2003

文責・岩橋美術 岩橋文武 2014©

 
 350色板以上彫ったと思われる近江屋板・尾張屋板江戸切絵図の板木は今何処


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